この「ラッパロ」という言葉はその後、一人歩きをはじめ、独ソが接近する動きをみせるたびに、ヨーロッパの秩序が急変するのではないか、中欧を犠牲にして新秩序を構築するのではないか、という警戒の響きを伴って使われている。戦後の1970年代に当時のブラント西独首相が「東方外交」を唱えた折にも、「ラッパロ」の再現として警戒する論調がみられ、ドイツ統一後の1990年代においても、ロシアとドイツが援助を軸に関係を深める傾向に対して、中欧の国々から「ラッパロ」再来を懸念する声が聞かれている。
ヨーロッパ分断1943―大国の思惑、小国の構想 (中公新書)