さらに、文化的にもはげしい競争相手だった隣国ザクセン選帝侯のフリードリヒ・アウグスト1世(1670-1733)は1694年、すでにポーランド国王に推挙されている。こちらは正真正銘のポーランド王(König von Poland)になっているのだ。そして、フリードリヒの妻の里、ハノーファー選帝侯家ではイギリスのアン女王の死後には、ハノーファー選帝侯ゲオルグがジョージ1世としてハノーファー朝を興すことに話が進んでいた。そして、1701年の王位継承法によって、ジョージは1714年イギリス王となる。
だから、王位を持たないがために不愉快な席次を強いられるフリードリヒが、何でもいいから王の称号を、と必死で願う気持ちは理解できる。
フリードリヒ大王―啓蒙君主のペンと剣 (中公新書)