佐藤健太郎『炭素文明論』新潮選書 p.161

 イスラム教では、さらに厳しく飲酒は禁止されている。コーランでも「飲酒はサタンの業」とし、違反者には鞭打ちなどの厳しい刑罰が科された。飲酒が禁じられるようになったきっかけは、ムハンマドの二人の弟子が酒宴の席で流血の騒ぎを起こしたためと伝えられる。酔っ払いの喧嘩は古今数限りないが、そのうち後世に最も大きな影響を与えたのは、この二人の喧嘩であったことだろう。
 というのは、これが世界の宗教分布に大きく影響したという説があるからだ。イスラム勢力はたびたび北方へ攻め入り、現在のロシア圏などにも勢力を広げたが、支配者として定着するには至らなかった。これは、あまりに寒い地方では、酒を飲んで体を暖めないととても冬は過ごせないためである、というのだ。赤道付近の暑い地域を主体に広がっている現在のイスラム圏を見ると、このお話も全くの嘘ではないか、とも思える。いずれにしろ、イエスやムハンマドの酒に対する個人的なスタンスが、今の世界の形を大きく変えてしまっているのは事実だろう。

炭素文明論 「元素の王者」が歴史を動かす (新潮選書)

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