このふたつの都市は、いずれも山西省の高原の太原方面から渓谷ぞいに太行山脈の切れ目をとおりぬけて北シナの平野にでてきた位置にある。太原は北のかた雁門関をとおって大同の盆地につらなり、大同が内モンゴルに接していることはいうまでもないだろう。黄河の南には洛陽の盆地がある。ここは周代の東都であったが、太原から太行山脈の西側をとおって南下するルートの終点である。さらに西方には、西周の都西安と秦の都咸陽が渭水の渓谷にならんでいる。ここは内モンゴルのオルドス地方、寧夏の銀川方面から固原をへてはいってくる交通路の先端にあたる。
紫禁城の栄光―明・清全史 (講談社学術文庫)