ファッション史には何度か、短期間に美意識や価値が激変する、スタイルの「シフト(移行)」が見られるのだが、2000年代はまさしく、その時期の一つとして数えることができる。
過去の代表的な移行期には、たとえば18世紀末から19世紀初頭にかけて、すなわちロココから新古典主義へと移る時代がある。この時代に、フランスの宮廷服が大きな変化を遂げている。ロココ時代には、女性は髪を高く結い上げたその上にさらに白い髪粉をかけ、胴体はコルセットで締め上げ、腰はパニエで巨大に膨張させていた。男性もかつらの上から髪粉をかけ、刺繍や金糸銀糸をたっぷりとほどこしたジュストコール(上着)にベスト、ニーブリーチズ(膝丈ズボン)で装い、バックル飾りのついたヒール靴をはいて、膝下の脚線美を誇っていた。
髪粉の原料は小麦粉であった。労働者階級が食べるパンがないというのに、貴族はその原料を装飾のために使っていたのである。そんな「粉飾」もまた労働者の怒りをあおる原因の一つとなり、フランス革命が起こる。「サン・キュロット(半ズボンをはかない)」と称する革命派は、半ズボンに象徴される貴族を次々に粛清していき、革命後、宮廷服は10年前には想像できなかったスタイルに変わっている。
革命後の社会の理想を古典古代のギリシア・ローマ時代に求めよう、という時代のムードに合わせるかのように、女性ファッションは古代ギリシア風の白いシュミーズドレスに変わる。パニエなどの装置も刺繍などの飾りもない、シンプルなドレスで、髪も自然に下ろしたナチュラルスタイルになった。
男性服は、英国のカントリージェントルマンの乗馬服に範を求めた服になり、脚線美誇示の長い伝統が失われ、次第にトラウザーズ(長ズボン)が主流になっていく。革命前と革命後のほんの10年間でのあまりの変わりようをからかう、カリカチュアまで存在する。
モードとエロスと資本 (集英社新書)