オーストリア地中海艦隊の活動が地中海に限られているなら問題はない。プロイセンにとって問題なのは、オーストリア地中海艦隊がジブラルタル海峡を廻って北海に出没し、盛んに「ドイツの艦隊」とはオーストリアの艦隊であることをデモンストレーションしていることであった。そこにはハンブルクやブレーメンといった、みずからは戦闘能力を保有しないことを売り物にしてはいるものの、やはり、いざというときには自分たちを守ってくれる海軍力を有した統一ドイツを望む、ドイツ語圏有数の商業拠点でもある帝国自由都市が並んでいた。もし、ハンブルクやブレーメンがプロイセンよりも、オーストリアとの友好を優先でもしようものなら、プロイセンを中心とする小ドイツ主義的ドイツ統一などありえない。
しかも1856年、オーストリアがノヴァラ号によって世界周航という快挙を成し遂げていた。それに対して、初期のプロイセン海軍はもっぱら沿岸警備が目的であった。この海軍力の差は、ドイツ統一の主導権争いに決定的な影響をおよぼしかねなかった。
榎本武揚から世界史が見える (PHP新書)