内田義雄『戦争指揮官リンカーン』新潮新書 pp.27-28

独立戦争の最中から南北戦争直前までの80年間で、アメリカの奴隷の数は8倍も増えたことになる。
 その背景のひとつに、ホイットニーの綿繰り機の発明があった。綿繰り機とは、つみとった綿の実を綿と種子とに簡単によりわける機械であるが、ホイットニーの綿繰り機によって、南部のプランテーション(大農場)では、綿の生産が増大し、利益が飛躍的にあがった。そのために、綿をつむ労働力(奴隷)がますます必要になったのである。
 その間に、信じられないことが起きた。イギリスの奴隷貿易禁止令(1808年)などによってアフリカからの奴隷輸入が減ったので、雑婚等々さまざまの手段によって、アメリカ生まれの奴隷の増殖が奨励されたのである。これらの奴隷の90パーセントは南部で働かされていたが、19世紀前半からの40年間(1820~1860年)で、南部の綿花の生産量は10倍も激増した。
 これは注目すべき事実である。アメリカの奴隷制は、建国以降に本格化したのである。

戦争指揮官リンカーン―アメリカ大統領の戦争 (文春新書)

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